この一年なにやってたの?って話
はじまりは2016年夏、ごく普通の二次元オタクだった私は突然細胞が活性化して8号車になり、一人で細々と愛を呟きはじめます。
2017〜2018年には隙あらばTLに入り浸って推しの名前を叫び、顔の良さに泣き、フォロワーと愛を語らい、通える限りの現場に通い、どっぷり推すようになりました。
そして2019年、今年は私生活のバタバタをきっかけにSNSから離れてのんびり推してみたのですが、それはそれでよかったよ、というブログです。
最近推していてどことなくモヤっとしている人や、ライフスタイルが変わってこれからも推しを好きでいられるか不安な人などに読んでもらえたら嬉しいなと思います。
※この文章は私のめちゃくちゃ個人的なまとめであり、特定の人を皮肉ったり揶揄したりする意図はまじまじのまじでありません。私は今本当にTLの空気を読めていないのでもし気になる表現があったらすみません。
「3推しのあやこさん」
超特急垢のTLで8号車に囲まれた環境で発信していると自分の専門性が高まっていく感じって分かりますか?
たとえば、
超特急を知らない人に超特急の説明をするときはフラットに全体的な魅力を伝えようとするけど、
8号車の間で喋るときは共通認識の範囲がめちゃ広いから、自然と「推しのこの公演のこの曲のダンスのここが!」みたいな細かい話になりますよね。
8号車って知り合うと、相手の年齢も出身地もすっ飛ばして相手の推しを確認するじゃないですか。(誰推しですか?=Nice to meet you )
私も無意識に8号車の友達に対して「5推しの○○ちゃん」「7推しの△△さん」みたいな認識の仕方をしています。
そんな感じで、私も一人で呟いていた時よりも8号車の友達ができてからの環境の方が、明らかに「3推し」としてのアイデンティティが強くなっていきました。3推しっぽいね〜って言われるのが他の何褒められるより嬉しい。
あとはたとえば
「ユーキさんのことはまず5推しに語ってもらいたい」とか
「6推しでもないのにユースケくんのこと語るのはおこがましい」
みたいな、いらん気遣いもしちゃってたのかも。
もちろんそれは楽しさでもあります。「とりあえず専門家の意見を聞いてみようぜ!」みたいなね。
そうしたら、どんどんリョウガくんの話しかしなくなったし、ライブでもリョウガくんしか見えなくなっていった時期があって、すごく愛に満ちた時間でしたがちょっと寂しくもありました。
「3推しのあやこさん」ってみんなに思ってもらえるのはとても誇らしくて幸せだけど、
一人でふじびじ見て、「カイくんってこんな魅力があるんだ!」「タカシくんのこの表情がたまらなく好きだ…!」「え?このコンビすごくない!?」って自分で一つ一つ発見して悶えて、リア友に教えたい一心でツイートしてた時も、寂しかったけど幸せだったなーって。
私はもともとそういう”好き”の繰り返しの中で、「ああやっぱり私はこの人が推しだ」って、信頼を積み重ねて、リョウガ推しになっていったんです。
私は超特急推すなら、たくさんの”好き”をなるべく自分の中で両立していたいなあと。だってそのほうが楽しみが多いじゃん。
※あくまで私の話なのでDDを押し付けるみたいな意図は全くありません。
自分のペースで推す
2019年、春先から私生活がバタついた流れで、Twitterに入り浸る生活スタイルが変わりました。
寂しい。正直今もめちゃめちゃ寂しい。毎晩フォロワーと下らないリプを送りあいたい。
超特急ってTwitterでの供給が非常に多いので、みんなと同じ熱で同じ話題を共有できなくなる。そうするとあんまり中身のあること呟けなくなるんだよなー。
そこでふと気づいたのは、
"別にみんなと同じ熱で同じ話題を共有して中身のあるツイートすること"って別にファンの義務ではないな。
というごくフツーーのことでした。
呟かなくても現場が減っても好きな気持ちが消えるわけじゃなかったし、TLの波なんて乗らなくても私の中で思いが溢れたらTwitterに行って「リョウガくんがかっこいい」って呟きにいけばいいや。
考えてみればもっと呟けと強制する人なんていないし、低浮上になったくらいで築いた人間関係が消え去るわけじゃない。ありがたいことに久しぶりにぽろっと浮上して空気の読めないツイートをしてもフォロワーさんは変わらず仲良くしてくれました(そこに関してはまじで本当に友人に恵まれました)
そんな感じでのんびりマイペースに応援していたら、気持ちが自然と原点に立ち返ってきました。
今ものすごく新鮮な気持ちで超特急を見ています。二度目の新規ハイ。断食後の味噌汁が世界一うまいのと似ている気がします(?)
私は好きになるとウワーッとマントルまで到達して全力疾走してしまうタイプなのであまり知らなかったんですが、供給の量って自分の身の丈に合わせて調整していいんですね。
孤独とタクスケと私
ある日、生活に疲れ果てて何もしなかった休日の午後、体が自然とユースケくんを欲したのでパン紀行のメイキングDVDを見ました。泣きました。いや、泣きはしなかったけど、机に伏してうわーーんって言った。まさに断食後の味噌汁だった。心に染み渡った。ユースケくんに会いたいなぁって、なんの忖度もなく自分の内から湧き出すように心から思えて、なんだかすごく尊い時間でした。
ある日は、部屋の片付けの途中、Yellのフォトブックを見返していたらタクちゃんへの愛おしさが爆発して、一晩中Four Seasonsを再生して、なんでタクちゃんらしいいじらしい歌詞なんだろうって初めて聴いたみたいに感動して、この曲でタクちゃんが花弁のように舞う様を想像して胸が苦しくなりました。
そんな自分勝手な感動の末、
「あ、私、だからタクスケが好きなんだ」
と自分のルーツに気づいたときの衝撃は仏の悟りに近いものがありました。それは完全に私のごく個人的な内面がルーツにある"好き"なので人に言葉で説明するのはとても難しく、
そしてこれはおそらく「3推しのあやこさん(推しコンビ:稜海とタクスケ)」というアイデンティティの枠の中ではついに得られなかった気づきでした。
タクスケ!サリバン先生!これがタクスケなのね!!
結論
すみません、先ほどはあまりなにを言っているか分からなかったと思うのですが、この一年、こういう感じのことが日常の端々で静かに起こりまくりました。
客観的に評するなら、こじらせていっているのですが、余計なことを考えず今までで一番純粋に超特急を好きでいられて、自分と超特急だけの世界に戻った。とても楽しい日々です。
まっさらな気持ちで改めて、私超特急が好きなんだ、と思えて、その度にとても嬉しい気持ちになります。
沖縄公演しか行かなかったeuphoriaが円盤化したり、未視聴のガリゲー実況動画がたくさんあったり、「追いつけないよー」と嘆いたら悲しくなっちゃうことなのかもしれないけど、私が味わい尽くしていない"楽しい"がいっぱいひかえてると思ったら、頭を抱えるほど幸せです。
TLに入り浸る生活を否定しているわけではまっったくないですし、低浮上な人に私みたいな推し方をしてねって言っているわけでもありません。人間関係を捨てろと言っているわけでもない。
ただ、「自分のペースで推していいんだよ」って、優しい人がどんなに言ってくれても、頭でわかっていても難しい時があります。私がそうでした。
だってこんなに私の全力に全力以上で応えてくれるジャンル今までなかったから、
TLで全力を愛を叫び捧げるのが幸せだったしある種義務だと思ってた。
フォロワーさんの熱量に応えて話ができないのが申し訳ないと思ったりした。
低浮上になったり現場を減らすのが超特急に対する不誠実なような気がしちゃってた。
同じような気持ちで、私生活を大事にしきれなくなりそうな人や、推すのが楽しくなくなりそうな人がいたら、一度SNSから距離を置くと自分なりの愛し方に立ち戻れる気がします。
フォロワーは良い意味でみんな推しの幸せのことしか考えていないから、わざわざあなたを不誠実だと言ったり思ったりしないし、超特急はTwitterの外にもちゃんといるので大丈夫です。
全力で推すと全力以上の魅力を返してくれる超特急が大好きです。
8号車がどんなに荒れていてもこちらへの期待の手を緩めずに、全力で愛を求めてくれる超特急が大大大好きです。
でも、私が超特急のこと忘れちゃう日もあるくらい私生活に夢中になってしまっている間も、超特急は私のそばにいてくれました。
去年よりだいぶ少なくなった現場で、久しぶりの超特急を見るだけで、自分がものすごい勢いで報われていくのを感じられました。
「こんなにファンが愛されてるグループ他にない」って、よく言われるし私もそう思う。超特急は好きでいる限りちゃんと愛が返ってくるグループでした。だから私も、自分の推し方がこれからどうなろうと彼らを好きでいられる自信があります。
何を見て何を感じるのも自由。だからといって感じたことをなんでも自由に発信していいわけではないと私は思います。ただ、必要以上に人目を気にして勝手に自分を縛っちゃってる人は少なくないのかなって。
好きなもの好き!っていくらでも言ってもいいし、それに「ダサい」とか「今更」とか、貴賤は一切無い。
人の好き!に難癖つけたりマウント取るのは時間の無駄だし、それを気にするのも時間の無駄。
そういう考え方ができないかも、と頭の中がグジャグジャしてきたら、自分が本当に本当に感じている大事なことが見えてくるまで一人になるのもいいのかもって思います。
「私はこれが好きだからこうしたい」って、自分の純粋で前向きな想いが見えてきたら、たくさんの考え方が飛び交うTLが、友達と過ごす時間がきっともっと楽しい。
※私は人の推し語りが大好きなのですが、それは人それぞれ違う「推しのここが好き」「こうして推したい」がその実、その人自身のことを物語っているからだと思います。
ファンが不幸せそうなグループでメンバーが幸せになれるわけないから、一人一人が一人一人のやり方で幸せに推していこうねって思います。もちろん周りの人と一緒に幸せになれる形で。This is a kind of love.
東京ドームの夢が叶った後は、超特急と8号車でノーベル平和賞取りに行こうよ。
我々は好きな事に一生懸命なだけである!(中略)これ以上に素晴らしい事があるか?否、あるものか!ってリーダーも言ってるし、なんならそれ以外に必要なことなんてなにもないんだろうなって思います。あーーリョウガくん大好き(結論)
まとまりましたのでこれで。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
皆様楽しい8号車ライフを!